国産機の歴史(DOS〜Win95)

MS-DOSの頃

  • MS-DOSが主流だった頃のお話です。当時、NECのPC-98、富士通のFMR等いくつかの機種がありましたが、MS-DOSはWindowsのようにアーキテクチャの違いを吸収することが困難であったため、MS-DOS汎用のソフトを除き、PC-98用、FMR用等と、各ハードウェアに応じたソフトを使用しなくてはなりませんでした。ゲーム機に例えるならGame CubeとPlay Stationのような関係だったのです。
  • 当時、市場を独占していたのはNECのPC-98でした。NECは異なるアーキテクチャが多数市場に存在する中、プロトタイプの配布を行った上、ソフトハウスがソフトを開発しやすいように技術レクチャーのサービスまで行う戦略をとりました。このため、ソフト供給力で他社に圧倒的な差をつけることができました。
  • この戦略が功を奏し、1987年、シャープがグラフィックやサウンド機能が優れたX68000を発売し、1989年、富士通がCD-ROMを標準搭載したハイパーメディアパソコンFM-TOWNSを発売しましたが、PC-98の圧倒的なソフト供給力の前に、シェアを伸ばすことは困難でした。ただ、いづれも機能的には優れており、今でも愛好家が存在しています。
  • このようにPC-98の寡占状態であった国内パソコン市場ではありましたが、1988年東芝が発売したノート型パソコンJ3100通称「ダイナブック」は一時的ではあるもののその牙城を脅かしました。ベースはAT互換機で、漢字ROMを搭載していました。特徴的なのが重量で、当時の最軽量モデルの約半分である2.7kgでした。また、最初から一太郎やLotus1-2-3等、当時の人気ソフトが入っており、起動時に表示されるメニューからそれらのソフトを簡単に選択し、起動することができました。機能的には決して優れた製品とはいえないものでしたが、軽量で省スペースで操作が簡単であり、市場のニーズに合った商品であったといえます。ですがダイナブックも、後を追いかけるようにしてNECから発売されたノートパソコン「PC-9801N」の登場により、PC-98の永遠のライバルとはなり得ませんでした。
    1992年発売のPC-98シリーズ

    PC-9801FA(\458,000〜\648,000)
      PC-9801FA7/U7
      CPU:i486SX(16MHz),RAM:1.6MB,HDD:SCSI 100MB
    PC-9801FS(\348,000〜\538,000)
      PC-9801FS7/U7
      CPU:i386(20MHz),RAM:1.6MB,HDD:SCSI 100MB
    ※価格は標準価格
    ※スペックは最高の型を例示

  • また、世界標準機であるAT互換機が、日本語表示の障壁により、国内市場に参入できなかったこともPC-98を安泰とさせていた理由の一つでした。国産機であるPC-98等は日本語を表示するため日本語フォントをROMに持たせ、それをMS-DOSで利用する形態をとっていましたが、純粋英語マシンであるAT互換機ではそれができなかったのです。しかし、1990年、IBMから「PC-DOS verJ4.0/V」、通称「DOS/V」が発売され、事情が一変しました。DOS/Vをインストールするだけで、ある程度のスペックを持つAT互換機であれば、従来のハードウェアのままで日本語を表示できるようになったのです。DOS/Vの登場により、日本語表示という障壁が無くなり、安価で優れた外国産のパソコンも日本国内で利用できるようになりました。「鎖国時代」は終わりを告げたのです。

Windows3.1の登場

  • DOS/Vの登場によりAT互換機が国内市場に参入できるようになりましたが、本格的に日本を席巻するようになったのはWindows3.1が登場してからのことです。Windows3.1はハードウェアの違いをある程度吸収することが出来たため、AT互換機はPC-98と同じ土俵に上がれるようになり、優れたコストパフォーマンスという「力」でPC-98をじわじわと押し始めたのです。
  • PC-98はAT互換機に脅かされる前までは、EPSONがPC-98互換機を安価で発売したことによる価格競争があったものの割と高価でした。しかし、Windows3.1の登場を契機としてAT互換機が本格的な脅威となったため、PC-98は低価格のシリーズの98FELLOWシリーズやWindows3.1を快適に扱える98MATEシリーズを扱うようになりました。ちなみに、98FELLOWシリーズで最も安かったのはPC-9801BX2/U2(CPU:i486(25MHz),RAM:1.6MB,HDD:オプション)で価格は\178,000でした。
    Windows3.1登場後のPC-98

    1993年発売98MATEシリーズ

    PC-9821Be(\268,000)
      PC-9821Be/U7W
      CPU:i486SX(25MHz),RAM:5.6MB,HDD:120MB
    PC-9821Bs(\298,000)
      PC-9821Bs/U7W
      CPU:i486SX(33MHz),RAM:5.6MB,HDD:170MB
    PC-9821Bp(\398,000〜\438,000)
      PC-9821Bp/U8W
      CPU:i486DX2(66MHz),RAM5.6MB,HDD:340MB
    PC-9821As2(\328,000〜\458,000)
      PC-9821As2/U8W
      CPU:i486SX(33MHz),RAM:5.6MB,HDD:340MB
    PC-9821Ap2(\448,000〜\800,000)
      PC-9821Ap2/C9T
      CPU:i486DX2(66MHz),RAM:7.6MB,HDD:510MB,
      CD-ROMドライブ内蔵
    ※価格は標準価格
    ※スペックは最高の型を例示

  • このようにNECはコストパフォーマンスを上げる戦略を取りましたが、当時のAT互換機は例えばパッカードベルのPB-MULTI486U (CPU:i486SX (25MHz), RAM:8MB, HDD:240MB, CD-ROMドライブ内蔵)が\298,000であったり、日本IBMのPS/V Vision (CPU:IBM486SLC2 (50MHz), RAM:8MB, HDD:170MB, CD-ROMドライブ, 14インチモニタ)が\368,000であったり、いずれもマルチメディアを意識し、コストパフォーマンスにも優れていました。
  • また、AT互換機の最後の障壁とも言えた、3.5インチフロッピーのフォーマット(国内機は1.2MB、AT互換機は1.44MB)の違いについても、どちらでも読み書きが可能な「3モード」が登場したことにより解消されることになります。このような市場変化に対応し、富士通はAT互換機「FMVシリーズ」を発売し、極端な低価格路線によって、国内シェアを拡大していきます。

Windows95の登場

  • 1995年はWindowsが本当の意味でブレイクした年でした。周囲にいる人があまりに「Windows95」と騒ぐため、パソコンを持っていないのに買ってしまった人がいるという笑い話もあるほどです。実際、Windows95にはプラグ&プレイに対応し、簡単なネットワークも構築できる等、これまでにはない機能が備わっていました。
  • 国民機と呼ばれ、国内シェアが最もあった時期で90%を越えていたと言われるPC-98も、コストパフォーマンスに優れたAT互換機の登場やハードウェアの違いを吸収できるWindows95の登場によってその地位が奪われていきます。下のグラフは1995年当時の「国内パソコン市場のシェア」ですが、この時は「NECのシェアが4割になってしまった」と、大きなニュースになりました。
国内パソコン市場のシェア(1995年)
   データクエスト・ジャパン社(当時)


  • Windows95はこのように今までの国内市場の勢力図を大きく変えました。以降、海外のメーカーも国内で市場を広げ、現在に至っています。
〜 終わり 〜